朝から不快指数が爆上がり。
台風の気圧の影響なのか体調が悪いこともあるけれど、他人の言葉の端々にいらついて仕方ない。
憐れまれても、私には何ももたらされない。
ただ嫌な思いが増すだけなのに。
自分がうまくいっていない時に限って、他の人がうまくいっている(ように見える)情報が入ってきてしまうのは何でだろうね。
私は昔からそういうことが、多い気がする。
私がうまくいっても、ほぼ世捨て人だから、相手にはその情報は届かないだろうし、
私のことなんて誰も興味を持たないからね。
またあの灯籠を見に行きたい。
私の名前が書いてある灯籠。
夏の三日間しか見られない灯籠。
私だけの灯籠。
たまたま乗り換えで、懐かしい街に
行ってしまった。
初めて話を貰った街。
あの時は家族と一緒だった街。
まさか頓挫して、また一人で来るなんて思わなかった街。
昨年秋から始めたことは、もうとっくに飽きていて、今後どうしようかなという感じ。
どうせ同じお金払うなら、再開したかった習い事に注ぎ込みたかったな。
少し遠出で家族とモーニングを取り、
午後は前から見たかった展覧会へ。
懐かしい街を再び経由。
この街に初めて行ったのは小学生の時で、
家族と最初に訪れた時も夏だったから、
私には夏のイメージ。
まさかこの街で知り合った人を忘れられずに、
長く引きずるなんて夢にも思わなかったよ。
時間が前にしか進まないことは分かっていても、私は何度も通り過ぎた時間ばかりを振り返ってしまう。
久々に寝坊。焦った。社会人失格だね。
行動しても結果が分からないのは
何でだろうね。
このまま、数ヶ月後まで引っ張られて、
最後にひどい現実を知らされたらどうしよう。
現実はいつも私に気まずい時間しか与えない。
早く苦しみから解放されたい。
じしんで
なにもかも
はかいされたら
いいのに、なんて、おもいます。
ふきんしん、で
ごめんなさいね。
でも今はそんな気持ち。
一ヶ月ぶりに都内に出社。
やっぱり東京に住むことは(精神的にも経済的にも)できないな、と思った。
この前の休みには、住んでみたかった古いマンションを見に行った。
実際に目にすれば、気持ちに区切りがつくかと思ったけど、目の前がスーパーで便利そうだし、駅前の雰囲気も良くて、ますます住んでみたいと思うだけだった。
私の探している未来は一体どこにあるんだろうか。
勇気を出して聞いたのに、結局、真相は分からないまま。辛い。
もう望みはほぼ無いことは分かっていても、
やっぱり事実を知らないと気持ちに区切りがつかないよ。辛い。
新しい事も疲れたな。
新しい業務にも慣れない。
辛い。
昔の人を忘れるには、
気分転換をする
美味しいものを食べる
運動で汗を流す
旅をする
趣味に夢中になる
人に相談する
時間が解決するのを待つ
新しい人を見つける
…
一通り試したけど、駄目だったなー。
こういう時ってどうすればいいのやら。
ひたすら時間が全てを風化させるのを待つしかないのかな。嫌だな。
嫌だからアクション起こしても、
梨の礫だし。
苦しんでいるうちに夏が終わりそう。
今日は見たい展覧会の最終日が近いので、
都内まで。
帰りはたまたま思い出の道を帰り、
合計約15km歩いた。
やっぱり行動あるのみ、だよね。
もう一度勇気を出して聞いてみるしかないか。